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第2話 「棄てられた、寂しい世界」 Part 1




 私が真夜中の学園に迷い込んでもう30分は過ぎただろうか。
あるいはもっと、1時間以上経っているかもしれない。
そうそう体験する機会もない深夜の登校の果てに、
教室で私はただひたすら、床に正座していた。
ただひたすらにぼーっと、特に何もない教室の一点を見つめている。



 少し視線を動かせば、椅子ではなく机に腰を掛けている女の子がいる。
私は彼女の事を何も知らない。



 綺麗な人だなって思うその一方で、
どうしてこんな時間にこんな場所に居るんだろうかと疑問を浮かべる。
――同じ時間に同じ場所に居る私が言えることではないけど。



「あなた、名前は?」

「――えっ!? あ! か、神園 愛紗って言います!」

 突然声を掛けられ、自問自答にふらついていた意識を取り戻してみれば、
その人もまた、私の方を見ていた。
さっきまでずっと窓の外を見ていた気がするけど、
ようやく、私の存在に興味を持ってくれたみたいだ。

「どういう字を書くの?」

「えっと、神様の神に、園で、愛情の愛に、糸へんの紗です」

 わかりやすいように、手のひらに指で書きながら教える。

「ふうん、珍しい名前ね。神の園なんて、キラキラネームっていうやつ?」

「いや、そっちはたぶん先祖代々続いてる苗字なんで……」



「冗談に決まってるでしょ」

「で、ですよねー……」

 うぅ……。やっと話ができたと思ったら、からかわれてしまった。
私がこうして、彼女を恐れてビクビク震えているせいだろうか。
だけど、私はこの状況で休めるほど強くはない。





「……」

 そう、恐れる理由がある。
私の目の前で二度、彼女は不思議な力を使って
一度は私を、そしてもう一度は不気味な化け物を消し去った。
その時の驚きと恐怖を忘れるには、さすがにまだ早すぎる。
――けれど、もしかしたら私が恐れすぎている可能性もあるのだろうか。
内容はどうあれ、震えている私に話しかけてきてくれた。
それに、あれから私に危害を加えようともしていない……と思う。
いつまでもこうしていられないだろうし、今度は私から話しかけてみようか。

「あ、あの……聞きたいことがあるんですけど――」

「ストップ」



「はい! 勝手に口を開いてごめんなさい!」

 叩いてかぶって……な遊びなら負けないくらいの速さで土下座をする。
勇気を出して聞いてみたけど、失敗した……。

「……そんなに怯えないでよ。
 聞きたいことがあるなら、ふさわしい説明役がもうすぐ来る。
 だからもう少し待ってなさい、それだけのこと」

「あ、そ、そうなんですね……」

 どうやら私に発言権がないのではなく、
他にもここへ来る人が居てその人の方が詳しい?ので
今ここで問答するのは非効率だという話みたい。
良かったと安心すると同時に、状況が逆戻りしたことに気付く。



「……」

「……」

 やっと切り開けたと思った沈黙が、またしばらく続いた。


「……やっと来た」

「え?」

 長い静寂を経て、彼女がぼそっとつぶやく。
と、同時に――。



「今日も早いね李佳!」

「貴方が遅いのよ……」

教室の入り口から声が聞こえ、
やれやれといった表情で目の前の女の子――リカと呼ばれた?――が答える。



 振り向くとそこには1人の男の人が居た。
彼は私の存在に気付いたのか、そっと視線を向ける。

「君は……昨日も来ていた……?」

 どうやら昨日私がここに来たことを知っているらしい。
そういえば、意識が途切れる直前に男の人の声を聞いた気がする。

「こ、こんばんは。えっと……」



「そっちがさっき話した説明役の露谷 大樹(つゆたに たいき)。
 で、そっちが今あなたに説明を求めている神園 愛紗」

 リカと呼ばれた女の子がちょいちょいと器用に指を差し、
私と彼に同時に状況を説明している。

「そっか、じゃあやっぱり君もイレギュラーなんだね」

「……?」

「あー、えっと。李佳、さっそく説明を始めてもいいかな」

「いいんじゃない、全員そろってるし」

 話しながらリカさんが態勢を変える。

「全員……? じゃあ、今この学園には私含めて3人しか居ないんですね」



「3人じゃなくて、4人よ」

「え?」





「あそこに座ってる香月 おぼろ(こうづき おぼろ)も、私たちの仲間だから」

「うわあっ! 全然気付いてなかった、ごめんなさい!
 でも、いったいいつの間に……?」



「最初から居たし、昨日貴女が来た時もあそこで座ってたけど」

「ほんとだーっ!!」

 暗いせいもあったし、辺りを見回す気持ちの余裕もなかったとはいえ、
とても失礼な事をしてしまった……。

「誠に……申し訳ございません……」

「……」

「心配せずとも、この程度気にするような子じゃないから」

 本日2度目の土下座をして、ようやく私への状況説明が幕を開けた。





「――じゃあ、ここはやっぱり夢の中なんですか?」

 授業スタイルで私は説明を受けていた。

「簡潔に言えば、そういう事になるね」

「でもあまりにもはっきりしてて……これ何て言うんだったかな……?」

「明晰夢」

「あ、それです、李佳さん!」

 説明を始めて最初に教えてもらったけど、ちょっと怖いこの女の子は
十六夜 李佳(いざよい りか)というお名前らしい。
私のこと珍しい苗字って言ったけど、こっちもなかなかのような……。

「テレビで見た知識ですけど……それでしょうか?」

「そうだね。明晰夢と呼ばれる状態がさらに一歩進んで
 "現実として"正しく認識できる状態が、今の僕たちだよ」

「現実? 夢なのに?」

「先入観を捨てて。君の知る"夢"の定義が理解の邪魔をしてるよ」

「え? ええ??」

「うーん、そうだな。夢の話は一旦忘れて。先にこの世界の説明をするよ。
 "君の考えている現実"とよく似ているこの世界は寄り添うその裏側の世界。
 普通は観測することのできない影みたいなものだと思って。
 僕たちは今、そこにいるんだ。別の世界なんだよ」

「ここが別の世界……?」



 ましろちゃんが言っていた異世界という表現は当たっていたのかな。

「人は誰もが日常生活で覚えた想いを抱えて眠りにつくよね。
 すると、その想いと共に意識体となってこの世界にやってくるんだ。
 魂みたいなものだから見えないけれど、いたる所に彼らは居る。
 そしてこの世界を漂ううちに、それらの想いがゆっくりと浄化されていって、
 いずれ目覚めと共に元の世界――現実へ還っていく。
 こちらにいる間の記憶を"夢"として、うっすらと持ち帰りながらね」



「睡眠時の記憶整理の過程で見るのが夢、って貴女も聞いたことあると思うけど、
 その記憶整理というのが、こちらの世界を漂って精神を浄化することなのよ」

 大樹さんに続くようにして、李佳さんも補足を加えてくれた。

「誰が名付けたのかはわからないけど、現実の方は活の世界(いかしのせかい)、
 浄化槽のようなこちら側は渇の世界(かわきのせかい)って呼ばれてるよ」

「な、なるほど……?」

 夢を見るというのは個人の脳内で行われることじゃなくて、
意識を別の世界――渇の世界だっけ――に飛ばして浄化させる行為。
夢という認識は合っているけど、現実というのが正しいとはそういうこと……。
なんかすごい話だけど、さっきの出来事や真剣に説明してくれる2人を見て
決して嘘ではないんだろうなと思える。

「……でも、人の想いが強すぎてこの世界の力だけじゃ浄化できない場合がある。
 それらは人のような姿を得て、同様にこの世界を漂い続ける」

「人のような姿……それって……」

「さっき見たでしょ、あれよ」



 李佳さんが消し去った、あれ。

「あれも夢を見ている誰か。けれど何かしらの強い想いが形を持ってしまって
 正しく浄化されないまま彷徨っている」



「姿を持っているかいないかの違いで基本的には他と同じなんだけど、
 それほどの強い想いは現実で膨れ上がったストレスだったりする。
 彼らはこの世界に在るもの……夢を見ている他の人の意識に
 危害を加えて満たされようとする。
 被害を受けた夢は現実の肉体に戻る時に悪影響を及ぼすこともある。
 放っておくと危険な場合が多いんだ」

「私もそれに襲われそうになってて、それを李佳さんが助けてくれたんですね。
 何をしたのかは、わからないけど……」

「これを使っただけ」



 李佳さんは再び、あの不思議な光を掌で輝かせた。

「その光には彼らを強制的に浄化する力があるんだよ。
 李佳にしか生み出せない、不思議な光。
 それを使って彼ら――ディザイアと呼ばれる危険な存在を現実へ還している」

「ただの暇つぶしよ」

 そう返した李佳さんは、手をぎゅっと閉じて不思議な光を消した。

「……あれ。じゃあ昨日私にその光を使ったという事は、
 私もそのディザイアって言う危険な存在って事……?」

「いや、おそらく昨日の事は僕たちの勘違いで、きっと君は――」



「ディザイアが発生した」

「えっ!?」

 ここまで一言もしゃべらず座り込んでいたおぼろちゃんが
急に立ち上がり何かを報告する。思わず声が出てしまった。

「おぼろ、位置は?」

「1階、渡り廊下」

「行くわよ」



 大樹さんの説明を遮るように、李佳さんとおぼろちゃんが動き出す。

「やれやれ、説明がまだ終わってないけど仕方ないか。
 ディザイアへの対応は最優先事項だからね」

 大樹さんも2人に続くように動き始めた。
急なことで、当然私はひとり置いて行かれそうになる。

「み、皆さん、急にどこへ!?」



「……いや丁度いいか。愛紗ちゃんも付いてきて。
 僕たち『コイカツ部』の活動を紹介するよ」

「こ、コイカツ部……?」

 詳しいことは聞けないまま、はぐれないよう3人の後を追った。



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