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第1話 「不思議な夢を見たような」 Part 2




結局モヤモヤした気持ちとスヤスヤしたい気持ちに押し潰されながら
いつも通りに古井篠学園へ今日も登校した。
すごく当たり前のことなんだけれど、目にする校内の風景は
学生たちの活気に満ちた騒がしいものだった。
――昨日のあれは、夢だ。夢なんだ。
そう言い聞かせながら教室に着き、席に着く。

「あーいさっ!」

「愛紗ちゃん、おはこんばんちわ!」

「……」

「愛紗……?」

「……あっ」

愛紗って、私のことじゃん。
苗字は神園(かみその)。名前が愛紗(あいさ)。
まさか、目の前で呼ばれたことに反応できないとは。
今日1日の授業がとても不安になってしまう。



ぼーっとしていた私の元へと元気に現れたのは、2人の友人だった。
チア部に所属し、明るさが取り柄で面白い事を好む瀬川 萌(せがわ・もえ)ちゃんと、
一見優等生キャラに見えるものの実は隠れアニメオタクな小倉 ましろ(おぐら・-)ちゃん。
1年生の頃から特に仲のいい、私の友達だ。
朝のホームルームまでまだまだ時間があるというので
私の席を拠点にガールズトークに花咲かせようというわけだ。
――だけど、私の頭の中はずっと昨日の夜のことばかりで
2人の話に集中できなかった。



「そんでね、こう言うワケ!
 『俺のアームなら、お前という景品を一発でゲットできるんだがな』って!
 くさくない!? カッコイイこと言ってそうで言えてなくない!?」

「あはは、ちょっと捻った落とし文句を考えようとして滑稽になるパターンだね。
 SNSでネタにされちゃうやつかも」



「もううちの家族は大爆笑! さすがにないわー、って!
 愛紗もそう思うっしょ?」

「……」

「愛紗ちゃん?」

「……」



「……えい」

「ひゃあっ!」

萌ちゃんが持っていた冷え冷えのペットボトルを私の頬に当ててきた。
突然走った冷たい衝撃に、さすがに私の意識が一瞬で目を覚ます。

「お、良かった。生きてるみたいだ」

「も、もー! 何するの萌ちゃん!」

「ごめんごめん! 上の空だったからさー」

「ただのしかばねのようだったよ」



「アタシ、愛紗が死んじゃったんだと思って心配になっちゃって……およよ」

萌ちゃんが泣き真似をする。でもおよよはさすがにないと思うよ?

「生きてるよー! でも、確かにちょっとボーッとしてたかも」

「考え事?」

ちょっぴりから元気な私の様子を見て、ましろちゃんが尋ねる。
それに合わせるように、萌ちゃんが何か閃いたようにポンと手を叩いた。

「あ、もしかして。カレシと上手く行ってない感じ?」

「えっ!? 愛紗ちゃん、いつの間に彼氏できたの!?」

萌ちゃんの衝撃の発言を受け、ましろちゃんが驚いて机をガタンと揺らす。
その声は――教室中とまでは言わないが――周囲に響いた。



「!?」

なんかクラスメイトの視線を浴びてる気がするので、訂正しておこう。

「ましろちゃん、本気にしなくていいって」

呆れ顔にコメントする私を見て、ましろちゃんはハッと気付いたようだ。

「……あ、あーそっか。萌ちゃんの当てずっぽうかぁ。
 やられたー! 騙されたー! 不甲斐なしー!」

悔しそうにまた大きな声でリアクションを取るましろちゃん。不甲斐なし……?



「真洋、どうした?」

「えっ!? い、いやなんでもねぇよ!」

「……」

どこか別の場所を見ていた萌ちゃんが再び私に視線を向ける。

「いやー違ったかー。 てっきりそうだと思ったんだけどなー」

すごくわざとらしい声だ。

「愛紗ちゃん可愛いもんなぁ。急にそうなってもおかしくないよね」



「えぇ!? な、ないない! 私そういうの縁ないから!」

――思わぬ話題の発展に、頬が熱くなるのを感じた。
可愛いとか恋愛とか急にそっちにもっていかれると、正直焦る。
私の焦りようを見て面白く思ったのか、萌ちゃんがニヤリと笑みを浮かべる。

「悪いことは言わない、愛紗。
 アンタは早く年上の彼氏を作って幸せになるべき!」

「……なぜ年上限定?」



「ふむ、確かに愛紗ちゃんは男子と横に並ぶより
 先輩の少し後ろを恥ずかしそうに歩く後輩って感じが似合うかも。
 背の高い先輩に合わせていっつも歩幅が大きくなっちゃう、みたいな」

「ええー!?」

2人の中の私のイメージってどんななんだろう。
……そりゃ、そういうシチュエーションには多少憧れ――。



「ましろ、からかうのはそれくらいにしといてやりな」

「「元凶が言う台詞か!」」

言い出しっぺの突然の裏切りに、私とましろちゃんが同時にツッコむ。
その見事なシンクロに、萌ちゃんの笑顔はさらに輝いた。
――恋か。全然考えたことなかったな。
私もいつか、そういう日が来るのかな。

「……で」



「……愛紗ほんと今日どうしたの?
 悩み事ならアタシらが聞くし」

さすが萌ちゃん。話を脱線させるのも得意だけど
しっかりふざけた分は真面目に話を振ってくれる。
こういうとこ、萌ちゃんの好きなとこだ。
隣でコクコクと頷くましろちゃん。
この2人が相手だとつい悩み事も相談できてしまう。

「……いや、何て説明したらいいかわかんないんだけど。
 その、不思議な夢を見たような?
 それが朝からずっと気になっててね」

「どんな夢?」

「えっと......」

昨日見た夢、そして起きてからのことを2人に話した。
起きてから脳裏に浮かんだあの気持ちの悪い映像については話さなかった。
というより、話そうにも言葉にできなかったんだけど。





「……っていう感じなんだけどね。
 真剣に考えちゃって馬鹿みたいだよね、あはは」

「ううん、全然おかしくないよ!」

私の不思議体験を嘘とも幻とも思わず、真剣に聞いてくれた。
へー、というように驚くような表情を見せる萌ちゃんに対し、
ましろちゃんの瞳は妙に輝いていた。

「愛紗ちゃん!それはきっとアレだよ!
 異世界を冒険してたんだよ!」

「い、異世界!?」

「お、ましろに火を点けちゃったね、愛紗」



「だって愛紗ちゃん! そこはいつもと違う学校みたいだったんだよね!
 夜みたいで、誰も居なくて!
 きっと閉鎖された空間なんだよ!
 実はポニーテール萌えなの、とか言っちゃう系!?
 すごいよ!私も異世界人になりたい!」

「えーっと……」

そう、ましろちゃんは隠れアニメオタク。
最近では小説のアニメ化で異世界へ主人公が迷い込む作品が多いらしく、
ましろちゃんは常日頃からその主人公たちのような体験に憧れていた。
どうやら今度は私を羨ましがっているらしい。

「ゆ、夢だと思うよ?」

さすがに異世界だなんて突き抜けた結論には納得できなかった。
ましろちゃんが小さく、えー、と言いながら乗り出していた身を引く。
でもその瞳の輝きは消えていない。本気みたいだ。

「異世界とかそーゆーのはわかんないけどさ、
 でも夢で済ませられなかったからこうして今も考えてたんでしょ?
 不思議体験じゃん、アタシも興味あるなー!」

ましろちゃんほどではないけれど、萌ちゃんも興味津々らしい。
内容に関係なく、面白いことが好きな萌ちゃんだからかな。

「ううーん……」

疑ったりせず真剣に聞いてくれるのは嬉しいけれど、
この2人は真剣すぎて相談した私自身が置いてけぼりになってしまう。
ノリが悪い自分が申し訳ない気も……。
ま、こんな悩み、他に相談できる相手なんて――。



「ミアちゃんに聞いてみない?」

「それだ!」

飛び出た萌ちゃんの提案にましろちゃんがすぐに同意する。

「よし愛紗、お昼休みに保健室へ行こう!アタシらも行くからさ!」

私の返事も待たずに、決定!と2人が口を揃えた。
それを待っていたかのように、直後ホームルーム開始のチャイムが響く。
――ミア先生に相談、か。確かに何かアドバイスもらえそう。





「……悪夢障害、かな?」

昼休みになり、私は2人と約束通りミア先生に相談するため、
校内の保健室へやってきた。



――ミア・ヴァネリ先生。
名前の通り日本人ではなく、カナダ出身らしい。
元々は精神科医を目指していたそう。
今はこの古井篠学園で保険医兼精神セラピストとして
学生のみならず、教師や父兄、さらには近所に住む人達まで
多くの人を高い精神医療の知識と母性的な性格で癒やしており
みんなからは「お母さん」だったり「ミアちゃん先生」だったり
とても親しげに頼られている。
そんなミア先生を頼ってみよう、というのが萌ちゃんの提案だったのだ。

「それって、何ですか?」

早速出てきた聞き慣れない言葉に思わず首を傾げてしまう。
うーん、とミア先生はわかりやすいように説明を纏めた。

「精神的な病気の一種。ストレスやトラウマ等が原因で
 苦しい、辛い夢を見て目を覚ましてしまうの。
 そして起きた時にはその夢をはっきりと覚えてる。
 どう、そんな気がしてこない?」

「そう言われると当てはまるような気も……」



考え込む私に、ミア先生がぐいっと顔を近づけて質問を続ける。

「夢で見たような経験、してない?
 例えば教室でクラスメイトに首を掴まれていじめられたとか」

「全くそんな経験はないです」

「じゃあ、逃げ出したくなるようなストレスに心当たりは?」

「特にないかと……」

「そっか……」

私は地味な人間だと思うけど、特に嫌がらせを受けたようなこともないし、
明確な夢も持たずに生きてるけど、それを悩んだこともない。
これは昔からのことだし、今更急に何か起きたとも思えない……。

「なんだか、ごめんなさい……」

ミア先生の推測に尽く応えられず、思わず謝ってしまった。



「それでいいのよ、アイサ。
 私が今聞いたこと、当てはまらないほうが幸せだもんね」



――優しい人。
個人的に相談をしたのは今日が初めてだけど、
みんなが頼ってしまうのもわかる気がするなぁ。

「ひとまず、今はまだ様子見ね。
 一時的なものなら良いんだけど、もし続くようだったら
 遠慮せずに何度でもここに来ていいからね。
 抱え込んじゃ、ダメ」

「……ありがとうございます、ミア先生」

結局、ミア先生でもわからなかったけれど、少し救われた気がする。
誰かが付いていてくれるっていうの、すごく嬉しいな。









「まさか、ね……」



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