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第1話 「不思議な夢を見たような」 Part 4


 萌ちゃんと別れた校門を離れて5分ほど。
兄とじゃれ合うように追いかけっこをしていた私は今、
自分がどこに連れていかれようとしているのかもわからないまま
ただひたすらに、兄の後ろに付いて歩いていた。
まだ学園からはそれほど離れていない。

「お兄ちゃん、そろそろ用事って何か教えてよ。
 一体どこに向かってるの?」

「ん、もう着いたぞ」

「えっ?」



 どうやら目的地に着いたらしい。
辺りを見回して、周囲の景色から自分の記憶を探る。

「……ここ、御島神社、だよね?」



 御島神社(みしまじんじゃ)。古井篠学園からそれほど遠くない位置にある。
隣町の望想市(もうそうし)にある月宮神社(つきのみやじんじゃ)と並んで
古い歴史を持った地方では有名な二大神社として存在している。
しかし、その知名度に反して祀られている神様については伏せられており、
外観はよくある田舎の神社といった感じなのだが
密かに皇族の方々が参拝されているという噂もある謎だらけのお社だ。
学園に近いという事で私も来たことがあったはず……だけど、
あまり記憶に残っていない。
――もちろん、今日ここに連れてこられた理由も思い浮かばない。



「こんなところに用事って――」

「お待ちしていました。お話は伺っています」



 突然聞こえた知らない女性の声の主が、そこに立っていた。
知らないとはいえ、纏うその衣装からどういった方かは想像は付く。

「えっと、なき……なぎ……」

「百鬼 煉(なきり・れん)です」

「あ、そうそう。百鬼さんだ」

 お兄ちゃんは――名前が出てこなかったようだけど――
この人のことを知っているらしい。

「では、奥でお待ちください」

 おそらくこの神社の巫女さんであろう百鬼さんは
一度私の方へ会釈をした後で、奥へと歩き出した。



「あぁ、うん。
 愛紗、お前はちょっとここに居てくれ」

「えっ!? お兄ちゃんたちどこ行くの?」

「すまん、すぐに戻る」

 それだけ答えたお兄ちゃんは百鬼さんの後を追って社の奥へと消えていった。



 ひとり、突然社の境内で待たされる。
いまだに私がここに来た理由も知らないまま。

「……うー。萌ちゃんとの寄り道を断って、何してるんだろ……」

 何かすることがあるわけでもなく、そっと空を見上げる。
まだ夕焼けの空が赤く広がっていた。

「ちょいと、そこの小っちゃなお嬢さん」

「――!?」





 急に後方から誰かに話しかけられ振り返る。
今度は外見からも判断付かない謎の女性が、そこにいた。

「お名前を教えてくれないかな?」

「えっと……?」

「あぁ、すまん。突然過ぎたな。
 卒業した学園の制服を着て妹を迎えに行った男の知り合いでね。
 その妹さんかどうか、確かめたい」

 それってもしかして、お兄ちゃんの事……?
そっか、この人もお兄ちゃんの知り合いなのかな。

「たぶんその妹の……神園 愛紗、です」

「かみその……あいさ……?」

 ちょっと不用心だったかもしれないけれど、名前を答えた。
返ってきた反応はとても意外なものだった。



「ははっ、なるほど、そう来たか」

 その人は、笑ったのだ。私の名前を聞いただけで。
想定外すぎた状況に、理解が追い付かずに困惑してしまう。

「な、なにかおかしいですか?」

「……いやー?」

 私の問い返しを受けて、笑うのをやめ、今度は私の顔をじっと見ている。



「いい名前だ。付けてくれた人に感謝しておけよ?」

「は、はぁ……」

「おかげで、仕事は楽に済みそうだよ」

「仕事……?」





「お目覚めの時間だ」





 なにかが、わたしのあたまのなかにひろがる。
このかんかく、さいきん、どこかで……?

「……その……!」

「お……すが……様……」

 だれかのこえをかすかにみみにしながら……いしき……が……。









「う、うん……?」

 頭がぼーっとする。まるで寝起きのような……。
少しずつ視界がはっきりしていく。
そこに広がっていたのは――自分の部屋だった。

「……起きたか」



「お兄ちゃん……?」

 呼びかけられ、認識する。目の前にお兄ちゃんが座っていた。
普段私の部屋に入らないように言っている人物がそこに居るのもあって、
まだ現実じゃないような不思議な感じがする。

「あ、あれ……? 私今まで何を……」

 繋がらない記憶を必死に呼び起こす。
たしかお兄ちゃんが古井篠学園まで迎えに来てくれて……?

「お前、急にフラフラと歩き始めて、どうしたかと思えばそのまま寝ちゃって。
 迎えに行ってよかったよ。朝眠そうにしてたから嫌な予感がしてたんだ」



 話しながら、お兄ちゃんが部屋の電気を点ける。
不意に照らされた光に目を細めながら、その刺激で意識がはっきりしていく。

「……そう、だっけ。なんかはっきり思い出せないな。
 帰り道に寄り道して、何処かに寄った気がしたんだけど……」

「――そりゃ多分、夢だ。俺の背中で気持ちよさそうに寝てたからな。
 この年になってまた眠るお前をおぶって家に帰ることになるとは、
 昔を思い出してなんか懐かしくなったわ」

「う、ごめん……。それでもうこんな時間なんだね。
 あ! そういえば用事はどうなったの?
 私のせいで結局そのまま帰ることになったんじゃ?」

「あぁ、それ。忘れてくれ。
 さっき言った通り、心配だったから迎えに行きたくてな。
 ちょうどいい理由もなかったんで嘘……そう、嘘ついた。
 お前にも瀬川さんにも悪いことしたな」

「嘘……そっか。ううん、別にいいよ。
 お兄ちゃんの予想通り、こうなっちゃったし……こっちこそごめんね」

 もし萌ちゃんと一緒に帰っていたとしても、
きっと私は途中で寝ちゃってしまったに違いない。
そうなったら萌ちゃんにどれだけ迷惑がかかったことか。

「そう言ってくれると助かるわ。
 嘘つきお兄ちゃんなんか大嫌い、なんて言われたら立ち直れねぇ」

「そんな事言うわけないじゃん、何言ってるの」



「……ありがとな。こんな俺を信じてくれて」

「どうしたの?」

「なんでもない! よし、メシにするぞ。
 今日は母さん夜勤だから何か適当に作るわ」

「あ、うん! 手伝う!」

 一瞬、お兄ちゃんが悲しそうにしている気がした。
昇降口で萌ちゃんも見せた、泣き出しそうなあの感じ。
その意味を考えることはひとまずやめておいた。
少し眠ったおかげなのか、昨晩から微妙にはっきりしなかった意識が
今ではすごくスッキリしていて、それがちょっとうれしくて、
悩むより何かがしたい、そんな気分だったから。

 明日になったら、また考えたらいいや。



 ――しかしその不思議な一日がまだ終わらないことを、私は知った。



「また、この夢だ……」

 とても暗く、静まり返った真夜中の学園。
私を1日悩ませたその悪夢の中に、私は再び迷い込んだらしい。
お兄ちゃんとご飯を食べて、お風呂に入って、いつもより早く布団へ。
昨日とは違って、今日は眠る前のことも覚えていた。

「……教室、行ってみようかな」



 咄嗟にそう考えて、一歩を踏み出す。
夢だとわかっているのだから、きっと抜け出して目を覚ますこともできる。
でもそれじゃあ何も解決しない。もしこれがずっと続くのならば、
せめてミアちゃん先生にもう一度相談するための情報
―この夢の中での私の存在理由―が必要だ。





「あの子……今日も居るのかな」

 自分の教室の前に立ち、昨日の夢を振り返る。
私は教室に居た女の子に突然首を絞められた。
ただの夢だったはずなのに、その時の苦しみがはっきり甦ってくる。

「……すぅ、はぁ」

 そっと首に当てていた手を下ろし、深呼吸をする。
意を決して、目の前にあるその扉を開けた。





「……」

 昨日と同じ場所に彼女は居た。
けれど今日は私が来るのがわかっていたように、
窓の外ではなく、私が入ってくる扉に向いていた。

「あっ、えっと……」

 覚悟はしていたものの、急に浴びた視線に思わず声が漏れた。
聞きたいことはあるけれど、そういえば、どう切り出すか考えてなかった。
また昨日と同じ事になったら――。

「あなたの居場所はここじゃない。消えなさい」

「えっ!?」



 窓際に立っていた彼女がこちらへダッシュする。
昨日と同じだ。一瞬で私に近寄って、その腕で私の首を……。





「ま、まって! いやっ――」

思わずその場から逃げようと数歩走って転んでしまう。



「ヴオオオオオォォォッ!!」

 転ぶと同時に背後から今まで耳にした事のない恐ろしい声が響く。
その衝撃に、逃げることを忘れて振り返った。



「――!?」

「ヴアアアッ!」

「……」

 そこで見たのは、まるで人の影にも見える不気味な半透明の化け物と、
それに右手を触れさせ――昨日私にしてみせたように――
不思議な光を放つ女の子の姿だった。

「何、これ……」

 あの化け物は何? いつからあそこに居たの?
もしかして、ずっと私の後ろに……?

 刹那、教室を照らす強い光が輝きを何倍にも増幅させたかと思うと、
そこに居たはずの化け物を弾け散らすように消滅させた。
後に残っているのは、光をそっと手のひらに宿すあの女の子だけだった。



「……今日も来るだろうとは思ったけど、
 ディザイアをこんなところまで連れてきて、
 まったく、厄介な新人が来たものね」

 その女の子は小さく溜息を吐いた。
口をぽっかり空けたまま何も言えずに、私は彼女を見つめていた。



「棄てられた世界へ、ようこそ」

「棄てられた……世界……?」

 何もわからないままに、私はゆっくり理解していく。
今私が見ているのはただの夢でも、悪夢でもなくって、
きっとこれもまた1つの現実なんだと。
目の前にいる女の子は、本当にそこに居るのだと。
そして彼女は知っている。ここがどこなのか、私がなぜここへ来たのか。
そう、きっと……。

私だけが、私を知らない。



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