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第1話 「不思議な夢を見たような」 Part 3






「……ましろさぁ」

「ん、何?」

「今日の愛紗、どう思う?」

「どうしたの、突然?」

「いや、ちょっと聞いてみたいだけ」

「……うーん、萌ちゃんの質問の意図がわかんないから、
 思ったままに答えるけど、心配だなーって思うよ」

「それだけ?」

「それだけだよ?」

「ふーん……」



「何か気になることがある、って顔してる」

「……まぁ、うん。
 ぬぐえないんだよね、違和感っていうやつ?」

「違和感? 愛紗ちゃんの夢の話に?」

「あー、そっちじゃなくてさ――」

「瀬川!」



「ありゃ、武部じゃん。どったの?」

「神園は、保健室か?」

「……そーだけど。愛紗に何か用あった?」

「いや、ちょうどいいや。
 瀬川、ちょっと話がある。付いてきてもらっていいか?」

「えっ、アタシ……?」





ガラガラッ。

「おまたせー」

 保健室を出てみると、ましろちゃんが1人で待っていてくれた。



「愛紗ちゃん! ミアちゃん先生は何て?」

「それが、やっぱりよくわからないみたい。
 しばらく様子を見て、続くようならまた来て、って」

「ミアちゃん先生でもお手上げじゃ、どうしようもないねぇ」

 はぁ、と大きく溜息をつくましろちゃん。
だけど、萌ちゃんの姿はなかった。

「ねぇましろちゃん、萌ちゃんは?」

「それがね、さっき武部君に呼ばれちゃって。
 愛紗ちゃんにごめんって伝えてくれって頼まれちゃった」

「そうなんだ。待たせてたのは私なんだから別に良いのに」



 武部君……。あ、同じクラスの武部 真洋(たけべ まさひろ)君か。
昨年は別クラスだったから詳しくは知らないんだけど、
そういえば萌ちゃんとは小さい頃から知り合いなんだっけ……。

「愛紗ちゃん、午後の授業受けられる?」

 ましろちゃんが、考え込んでいた私の顔を覗きこんでいた。
ボーっとしてると勘違いさせちゃったかな?

「全然大丈夫だよ。ありがとう、ましろちゃん。
 ……もうすぐ昼休み終わっちゃうね。
 急いで教室戻って、ちゃちゃっと食べちゃおう!」

「イエス、マム!」

 敬礼するましろちゃんの言葉遣いが、やっぱり時々わからない。





 それから時間が過ぎていき。
特に何かが起きることもなく、気が付けば下校時刻になっていた。
眠かったから、食後になってしまう午後の授業中に
またあの夢を見てしまうんじゃないかと心配だったけど
体育の授業のおかげか、無事に目を覚ましたまま乗り切れた。

「萌ちゃん、本当に大丈夫だよ?」



「ダメ! 今日はアタシが帰宅を見届ける!
 異論は認めませーん!」

 萌ちゃんには、体育の授業中にミアちゃん先生の話を伝えた。
伝えられるようなこともなかったけど、待っていてくれたんだもん。
そうしたら――それが関係しているのかは不明だけど――私が家に着くまで、
萌ちゃんが付いてきてくれることになった。
気持ちは嬉しいけど家は全然違う方角だから
一度は断ったんだけど、どうしても、と。

「悩み相談しておいて言うのもあれだけど、
 私ってそんなに危なっかしく見えますかね?」

「そりゃもう。名前の通りに愛らしい女の子ですから」

「……さては、帰りに何か奢らせようとか思ってるな?」



「奢らせるなんて、滅相もない!
 ただ、罪深き魔性のドリンクが無性に飲みたくて……」

「……付き合えってことね、わかりました」

「てへ♪」

 なんという策士。でもあれは私飲んだことないから
実は前々から気になってて――。

「変わってしまったのはきっと、私の方……」

「えっ?」



 振り向くと、さっきまで可愛らしく舌を出していた萌ちゃんが、
今は少し悲しそうな顔でこちらを見ていた。

「萌ちゃんごめん、ちゃんと聞こえなかった。何?」

「んーん、独り言ぉー。
 いつまでも小っこくて変わんない愛紗を
 ぽっちゃりにするこのチャンス、逃したくないってね!」

「ちょっと待てぇ!」

 聞き捨てならない計画を暴露した萌ちゃんが駆け出す。
逃すまいと後を追った私だったけど、すぐに追いついた。
――というより、ぶつかった。



「ふにゃっ! どうしたの、立ち止まって?」

「……見覚えのある人が、あそこに」



 萌ちゃんの脇からその視線の先を覗く。
そこに立っていたのは、この学園の制服を着た1人の男子学生のようだった。

「……あっ」

 思わず、一言漏らす。

「あの人って、愛紗の知り合いなの?」

「あぁ、うん……」

 その人は――なぜ制服を着ているのかはわからないけど――
ここの在学生ではない、私のよく知っている……。



「……お兄ちゃん!」



 私の呼びかけで、その人はこちらに気付いた。
ひらひらと、手を振って応答している。

「えっ、愛紗の兄貴!?」





「よう、お疲れ。遅くまで大変だな」

「あ、うん。……って、そんなことどうでもいいよ!
 なんでお兄ちゃんがここにいるの!?」

「お前を迎えに来た。それ以外に考えられまい、マイシスター?」

 カッコつけるようにお兄ちゃんが髪をかき上げる。気持ち悪い。

「なにその変な呼び方。やめてよ、友達の前で……」

「……」

 萌ちゃんがお兄ちゃんをじっと見つめている。
不審者を見るような目つきで。

「お兄ちゃんが変な演技するから怖がってるじゃん……」



「……おっと、これは失礼。妹がお世話になってます。
 兄の神園 勇(かみその ゆう)です」

「あ、はい。どうも……」

 まだ怪しむ表情をしている。というか、引かれてるよ……。
そんな萌ちゃんの表情を見てさすがに察したのか、
自己紹介を質問に切り替えた。

「……コホン。もしかして、2人で帰る予定だった?」

「え? まぁ、これから寄り道して帰る予定で……」



「そうか……。申し訳ない、その約束は後日にしてもらえるかな?
 ちょっとこれから愛紗に用があるんだ」

「は、はぁ」

「えー! 私何も聞いてないよ!?
 用事って何なの!?」



「……うーん。悪い、重要な案件だ」

 さっきまでどこかニヤついていたお兄ちゃんの表情が急に真剣になった。
普段なかなか見せることがないその顔に、思わず動揺する。

「で、でも、だってそんな急な――」

 悩む私の肩を、萌ちゃんが軽く叩いた。



「いいよ、愛紗。家族が呼んでるならそっち優先しな。
 高カロリーは逃げないから、また今度行こう」

「高カロリーは逃げてくれていいよ!!
 ……せっかく誘ってくれたのに……申し訳なさすぎるよ」

「何そんな真剣になってんの! アタシたちまだまだ若いじゃん!
 これから何度だって、ガンガン付き合わせちゃうよ。
 甘い誘惑と蓄積する脂肪の、欲望と後悔の宴にね……」

「こわっ!! ……本当、ごめん。ありがとう」

「ん」

 小さく頷いた萌ちゃんが、今度は自分からお兄ちゃんへ話しかける。



「……お兄さん。1つだけ、約束してほしいんだけど」

「ん、何かな」

 萌ちゃんがお兄ちゃんの耳元へそっと顔を近づける。

「……愛紗を無事に、家まで送ってあげてよ」

「……それはご心配なく。
 そのために、俺はここまで来たんだ」

「絶対、だからね」

「……2人とも、どうしたの?」

 2人が何か約束を交わしたようだけど、小声で良く聞こえなかった。
話が終わったのか、そのまま萌ちゃんはそっと背を向け、
こちらへ振り向くことなく腕を振りながら歩き去ろうとしていた。



「んじゃ愛紗、また明日。 今晩の夢の話聞かせてー」

「あ、うん! 明日!」

「あ、瀬川さん!」

「――!」

 突然のお兄ちゃんの呼びかけに、萌ちゃんが足を止めた。



「妹の事、これからもよろしく!
 こいつガッコの事全然教えてくれないから、
 とてもいい友達がいるみたいで安心したよ。
 素直で可愛いやつだから、仲良くしてやってくれ!」

「ちょっ! お兄ちゃん! そういうのやめてってー!」

「おっと、退散退散!」

「待てぇー!!」

 それはまるで漫画に出てくる怪盗と警部のごとく。
逃げるようにダッシュするお兄ちゃんの背中を全力で追った。



「……アタシ、名前教えた覚えないんだけどな。
 まぁいいや。お兄さんが来てくれて助かった。
 これで私は、愛紗を――」



「友達を、殺さずに済んだ……」



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