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第1話 「不思議な夢を見たような」 Part 1






静寂。
それはとても唐突に、そして強烈に私を襲う。

「……暗いなぁ」

目の前に広がるのは見慣れたはずの学び舎・古井篠学園(こいしのがくえん)の昇降口。
なのに、全く落ち着けない不気味さが漂っている。
私が知っているこの場所は、いつも校舎の何処かから学生の声が聞こえ、
目的地へ急ぐ人、眠そうに目を擦りながら靴を履き替える人、それを見守る教師。
そして、それらを照らす陽の光が眩しい。そんな場所のはずだ。
今はその全てが存在していない。
月が淡く浮かびあげるのは、真夜中の校舎だった。



「……何で私こんな時間にここに居るんだっけ。
 確か、忘れ物。そう、忘れ物があって……。
 夜に……ここへ?」

記憶が朧げではっきりしない。
自分のことは忘れていない。
この学園に来て最近1年が過ぎた、2年生だ。
家族は父、母、兄で4人家族。ペットは居ない。
友達と一緒に過ごす時間が大好き。

「……」

思い出せない。今日のことだけ、すっぽりと。
わずかに体が覚えているのは、用事があって教室へ向かっていたこと。

「そうだ、教室」

教室へ行こう。忘れ物が何だったのかも、きっと思い出すよね。





昇降口を抜け、階段を登り、迷うことなく自分の教室へ向かう。
通いなれた学園とはいえ、2階にある2年生の教室へは
まだ1週間くらいの思い出しかない。
間違って1年生の教室へ行こうとして友達に止められることもあった。
それでいて今はとても暗い。本当に自分が今ここに居るのかさえ自信が持てない。
しかし足はただまっすぐに、2階の教室へとたしかに進んでいる。
思考が定まらないのに動き続ける体には、とても妙な気分を覚える。



「ここだ」

2年1組。今年私が通う教室。
扉にそっと手を触れる。
この扉を開けた先で、私は何を思い出すんだろう。
こんな時間にまで学園に来ているんだ。きっととても大事なこと。
思い出さなきゃいけないことなんだって、強く感じる。

「よし!」

扉を開く。
一瞬のうちに、窓から差し込む月の光が私の視界に広がる。
ずっと暗がりに居たせいか、さすがにちょっと眩しい。

「あれ……?」

自然とはっきり見えてくるその教室の中で、気になるものが正面にあった。



「……誰かいるの?」

人影。髪は長く、私と同じ――学園規定の制服の――スカートを履いている。
おそらく、この学園の女子学生だろう。
この教室に居るということは、クラスメイトだろうか。
――いや、私が言える立場ではないけれど
そもそもこの時間に他の誰かが居るなんて、不思議な事だ。





「……」

あれこれ考えていると、窓の外を見ていたその女の子が振り返り、
じっと私の方を見つめていた。
――見覚えのない子だ。
まだ学年が上がったばかりでクラスメイトを全員覚えているわけじゃないけど
少なくとも、その姿に該当する記憶はもっていない。

「あ、そだ」

想定していなかった他の学生との遭遇に気を取られてしまったけど
私はここに用事があって来たんだ。

「えっと。私、忘れ物を取りに来たんだ。
 急に話しかけて、驚かせちゃってごめんね」

夜中に教室に居るんだ、きっとこの子も事情があるんだろうな。
あまり詮索はせずに、私は私のやるべき事を――。



「……それはきっと、大切な忘れ物なのね。
 向こうでは叶えられない、あなたの強い願望」

「え?」

動きが止まる。
さっきまで無言で見つめていた彼女が私に話しかけてきていた。
あまりにも突然のことだったので、ちゃんと聞き取れなかった。

「今、なんて――」

聞き返そうと再び向いたその窓辺に、彼女の姿はなく――。
一瞬のうちに私の目の前へ――その長い髪をフワリと浮かせながら――移動していた。
そしてそんな彼女の動きを脳内映像が処理を終えた頃には、
彼女の右手が私の首を掴み、強く、とても強く、締め付けていた。



「……あがっ!?」

あまりにも不意に訪れたその苦しみに、今まで出したこと無いような声が出た。
――私、見知らぬクラスメイトに、首を絞められている……?
必死に理解しようとするけど、できるはずもなく。






「く、くるし……」

私を鋭く睨みつける彼女の瞳は、行動に一縷の躊躇いもなく、
ただ私を苦しめたがっているのだと嫌でも理解できてしまうほど恐ろしかった。



「ちょっと荒っぽいけど、これが私のやり方だから。
 あなたの心がこの世界に縛られてしまう前に。
 ……消してあげる」

何かを私に言っているようだけど、命の危機を察知した私の頭は
その言葉も、その意味も、考える力を失っている。



「……!?」

視界のすぐ真下で何かが強く輝き始めた。
同時に、掴まれた首元から熱い何かが広がっていくのが感じられる。



何かが私の中に流れ込んで、巡って、壊していく。
痛いような、だけど解放されるような。
先程まで感じていた苦しみとはまるで違う、とても温かい感触だ。



「あああああっ!!」

もうほとんど出せなくなっていた私の声が、
溜め込んだその全てを吐き出すように叫びを上げる。
もう何も考えられない。
目が映す光景と、耳が受け止める声が、私の、なかで、むなしく、ひびく。



「……消えない? それどころか――」



「李佳! その子はディザイアじゃない!!」

「――っ!」

ふっと、わたしのすべてがていしした。





「……」

「遅かったか……。
 李佳、今のはきっと――」

「イレギュラーでも、ない」

「えっ……?」



「私の浄化の力を受けて、むしろ存在力が増していた。
 あのまま続けていたら私の方が飲み込まれそうだったくらいに」

「だけど、だったらあの子はどこに消えたんだろう?」

「……」





「……」

再び動き始めた私の思考が捉えたのは、自宅の自室だった。
ゆっくりと、その光景が刻まれていく。
手にした時計は、真夜中を指していた。
その針をボーっと見つめているうちに、事態を把握できた。

「……夢、かぁ!」

真夜中の校舎。出会う知らないクラスメイト。
そしてその人物に突然……襲われた。
いくつも重なった不自然な状況を全て繋げる結論。
私はただ、夢を見ていただけなんだ。
ほっと胸を撫で下ろす。きっとうなされていただろう。
でも、それにしても……。

「リアルな、夢だったな……」

状況こそ不自然であれ、あの短い間に感じた空気、
触れた物の感触、響いた音、映った世界。
それは今までに見た夢の世界にはなかった、現実味があった。

「――夢、だよね」

夢の中で掴まれていた首元を触る。
気のせいだろうか、本当についさっきまで
誰かにぐっと締め付けられていたような気がする。
そして、いつもなら目覚めてすぐにあやふやになっていく夢の記憶が、
今回は全くそんな気配を見せようとせず、しっかり残っている。

「あれ、私、制服着てる……」

いつもなら帰ってきてすぐ着替えるのに、
今日はそのまま寝てしまったんだろうか。
現実に帰ってきても、相変わらず今日の記憶は蘇らず――。







「!?」

なにかが、フラッシュバックする。
けれど、それがなんなのかはわからない。
ものすごく恐ろしい、なにか。
途端に、気持ち悪さがこみ上げてきた。

「寝よう! 忘れよう!
 特別なことなんて何もない! 今日も、明日も!」

悩んでいても気分が悪くなるのなら、もうどうでもいい。
明日も学校だし、ちゃんと寝なきゃね。
そう言い聞かせながら、服を着替え、布団に潜る。
だけどやはり、首を掴まれたときに感じた恐怖、
そして先程感じたとてつもない不快感。
それらを振り払えず、眠れないまま朝を迎えた。



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